この前胸腺刺激ホルモン (PTTH)研究は、私のライフワークと言える。1980年の卒論研究から始まり、退職までの40年あまり、様々な観点からPTTHについて研究を進めてきた。その時々の思い出もたくさんあり、何回かに分けて研究の裏話やエピソードを紹介したい。まずは、教科書的に前胸腺刺激ホルモン(PTTH)について説明するので、このホルモンの重要性を少しだけ理解してもらいたい。
昆虫の脱皮・変態は古くから研究され、クラシカルスキームと呼ばれるホルモン調節機構によって制御されていることが明らかになっている。この制御機構は全ての昆虫に共通であると考えられている(図1参照)。昆虫が餌を食べてある大きさに成長すると、脳から 前胸腺刺激ホルモン ( PTTH )が分泌される。PTTHは昆虫の胸部にある前胸腺に作用してステロイドホルモンである脱皮ホルモン(物質名は エクジソン )の合成と分泌を促進する。エクジソンは真皮細胞に働き、新しいクチクラ(表皮)の形成を促す。完全変態昆虫では、この時に脳の近くにある アラタ体 という器官から 幼若ホルモン (juvenile hormone 、 JH )が分泌されていれば幼虫の表皮が、JHの分泌が抑えられていれば蛹の表皮が、さらに成虫の表皮が、新しく形成される。したがって、PTTHは昆虫の脱皮・変態を最上位で制御する重要なホルモンである。
エクジソンと幼若ホルモンについては、1960年代に欧米の化学者によってその構造が解き明かされたが、PTTHについては1960年代にタンパク性(ペプチド性)の物質であることは分かったが、1980年代に至るまでその構造(アミノ酸配列)は不明のままであった。最終的に明らかになったカイコPTTHは109残基のペプチドが2つジスルフィド結合で架橋したホモダイマー構造をもつ(図2参照)。また、ペプチドの41残基目には糖鎖が結合している。
私の卒論研究は、このPTTHを精製して構造を明らかにするための生物検定法を確立するというものであった。所属する研究室は「生物有機化学研究室」という化学系の研究室であったが、私の研究開始時の主な仕事は、カイコの飼育であった。ともかく、カイコは病気に弱く、実験に用いる大きさまで育てることが大変であった(何度も病気で全滅させてしまった)。
教科書的な話はこのくらいにして、PTTH研究の裏話やエピソードを次回以降紹介したい。ただ、私はやはり研究者なので、説明はちょっと難しくなるだろうと思っている。理解できなければ、「コメントする」や「お問い合わせ」で知らせて欲しい。