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前胸腺刺激ホルモン(PTTH)(2)

 研究の流れに沿って裏話やエピソードを紹介することもできるが、ここでは、私が重要であり面白いと思う順番でPTTH研究の裏話やエピソードを紹介したい。

 ある物質の構造を明らかにするには、その物質を純粋に精製する必要がある。そのことを「物質を単離する」と称する。単離できたかどうかは、単一な物質だと考えられる分析結果が得られるかどうかで判断する。PTTHなどペプチドの場合は、アミノ酸配列分析で単一の配列が得られることが単離できた証拠のひとつになる。アミノ酸配列はアミノ末端(N末端)からエドマン分解と呼ばれる手法で(順次PTH-アミノ酸をHPLCで同定して)アミノ酸配列を決めるのだが、当時、超微量でエドマン分解とPTH-アミノ酸の同定を自動分析できる「ガスフェーズ・プロテインシーケンサー」という装置が開発・販売されたばかりであった(販売価格が約5千万円という高価な装置)。

 PTTHの場合は、HPLCなど様々な方法で精製したが、いつまで経っても単一な配列を与える物質を得る(単離する)ことができなかった。当時、日科機という科学機器販売メーカー(葛西にあった)が、納入前のガスフェーズ・プロテインシーケンサーの調整のために、依頼サンプルの配列分析を無償で受注してくれていた(販売促進のためだったと考えられ、3-5ヶ月に3日程度、研究室のサンプルの配列分析を引き受けてくれていた。私たちは「葛西詣で」と呼んでその日を楽しみにしていた)。ある時、プロテインシーケンサーで検出されるPTH-アミノ酸解析(つまり配列解析)のプロフェッショナルである日科機の仙石氏(このプロテインシーケンサーの癖を熟知しており、自動的に同定される配列だけではない配列情報も見つけ出すことができる方)に、その日に得られたデータの解析をお願いしたところ、(2時間くらいかけて目の前で解析してくれ)検出されるPTH-アミノ酸は、各エドマンサイクルで1〜3種類であると言われた(図3がその時の仙石メモ)。私のような大学院生に対して仙石氏は真剣に対応してくれたことに感謝・感動したのを覚えている。また、自分も使用する機器分析では仙石氏のようなプロフェッショナルになろうと思った。
 解析してもらったPTH-アミノ酸のデータ(図3)を地下鉄東西線の中で(葛西から東大まで帰る途中)ながめていた時、ふと、N末端が数残基短いペプチドが混ざっていると考えると、プロテインシーケンサーから得られた複数のPTH-アミノ酸が矛盾なく説明できることに気づいた。そこで、大学に帰り、過去に得られていた配列分析データも見直したところ、N末端の長さが異なる3種類のペプチドが、各精製PTTH中に様々な割合で混ざっていると考えると、全てうまく説明できることが分かった(図4 PTTHのアミノ酸配列分析の模式図 ならびに 図5の当時の片岡メモ 参照)。私が博士課程の2年生の秋、1984年10月頃であったと記憶している。
 この時、ペプチドとしては純粋な物質として単離できていないが、複数のペプチドからなるPTTHとしては単離できており、見いだされた部分アミノ酸配列(Asn-Gln-Ala-Ile-Pro-Asp-Pro-の7残基の配列)がPTTHの配列であると確信した。これが世界で初めてPTTHの部分構造(アミノ酸配列)が決まった瞬間であった。ことのしだいを指導教官である鈴木昭憲先生に報告したところ「お祝いにみんなで飲むように」と手元にあったオールドのボトルを一本手渡してくれた。

図1 HPLCによる精製
図1 HPLCを用いたPTTHの精製
(1984年当時の装置と筆者)
図2 ガスフェーズ・プロテインシーケンサー
図2 ガスフェーズ・プロテインシーケンサー
(1985年夏に研究室へ導入された装置を操作する恩師・長澤寬道先生)
図3 PTTHのアミノ酸配列分析の解析(仙石メモ)
図3 PTTHのアミノ酸配列分析の解析
(仙石メモ)
図4 PTTHのアミノ酸配列分析の模式図
図4 PTTHのアミノ酸配列分析の模式図
図5 PTTHのアミノ酸配列分析の解析(片岡メモ)
図5 PTTHのアミノ酸配列分析の解析
(片岡メモ)
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記事の執筆者と略歴

この記事の執筆者

片岡宏誌のホームページ 片岡 宏誌 農学博士
                                               
1981年 東京大学 農学部 農芸化学科 卒業
1983年東京大学 大学院農学系研究科 農芸化学専攻 修士課程 修了
1986年東京大学 大学院農学系研究科 農芸化学専攻 博士課程 修了(農学博士)
1986年 Sandoz Crop Protection 社 Zoecon Research Institute(アメリカ・カリフォルニア州)ポストドクトラルフェロー
1988年 日本学術振興会 特別研究員(東京大学)
1988年 東京大学 農学部 助手
1994年 東京大学 農学部 助教授
1999年 東京大学 大学院新領域創成科学研究科 教授
2024年 東京大学 定年退職

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