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研究内容

研究テーマ Research Subject

 生物は、ホルモンなど固有の情報分子を利用した様々な調節・制御系を持ち、細胞の分化・増殖、生理状態をコントロールし、個体として、また種として統一が取れた生命の維持を行っています。

 これらの調節・制御系に関わる生体情報分子であるペプチドホルモンやステロイドホルモンなどに注目して、それらの化学構造や生合成経路を明らかにするとともに、細胞膜や細胞内に存在する受容体分子によって認識される過程、それによって引き起こされる細胞や個体の機能変化について研究を進めています。

主要な研究テーマ

Theme1.エクジソン生合成経路の全貌解明

 昆虫の脱皮・変態は、ホルモンで厳密に調節されています。それは、 前胸腺 という器官で合成されるステロイドホルモンであるエクジソンによって制御されているためです。エクジソンは、脊椎動物のエストロゲン受容体に似た核内受容体を介して様々な遺伝子の転写を制御しています。その結果、細胞増殖・予定細胞死・神経系の成熟・クチクラ形成などが誘導され、最終的に脱皮・変態が引き起こされます。しかし、その肝心のエクジソンの生合成酵素や生合成経路は、未同定の部分(Black Box)が存在します。これまで、私たちのグループでは、いくつかのエクジソンの生合成酵素を同定してきました。

生合成経路全貌解明に向けた分析手法の開発クリックで詳細を表示

 昆虫は、ステロイド骨格を形成する生合成経路を持たないため、食餌から取り込んだコレステロールや植物ステロール類を利用して 前胸腺 でステロイドホルモン(エクジソン)を生合成しています。そこで、生合成経路全貌解明に向けて、原料となるステロール類や生合成中間体エクジステロイド類を一斉に微量定量できる手法を開発しました。

 液体クロマトグラフィーで分離した化合物をタンデム型質量分析計で検出する、いわゆるLC-MS/MSと呼ばれる分析システムを導入し、MS/MS検出にはMultiple Reaction Monitoring(MRM)という方法を採用しました。MRMでは、親イオンの質量数に加えてフラグメントイオンの質量数でも検出フィルターをかけるため、化合物検出の選択性や感度が向上します。例えば、右の図は、上述のエクジソン生合成経路に現れる7つのステロイドをそれぞれ1.0 ng含む混合溶液を分析したときの各MRMチャンネルのクロマトグラムを示しています。1回の試料注入で7つのステロイドすべてを分離して検出できています。また、この分析法の特長として広い測定レンジを持っていることがあげられ、ステロイドの種類にも依りますが、おおよそngレベルからμgレベルまでのステロイド類を同時に定量することができます。

 まず、私たちは、この手法をカイコ幼虫における食餌由来のステロール類の体内分布の解析に応用しました[1]。カイコの体内には様々なステロール類が検出されますが、器官によってその分布は異なり、例えば、コレステロールは脳で比較的含量が高いのに対して、エクジソン生合成中間体である7-デヒドロコレステロールは 前胸腺 にしか検出されません。

 また、私たちは、この手法を用いてカイコ幼虫の 前胸腺 および体液中のエクジソン生合成中間体の分析を行いました[2]。体液中にエクジソンが放出されるエクジソン生合成が盛んな時期であっても、 前胸腺 内には5β-ケトジオールや5β-ケトトリオールは検出されず、生合成経路の中でもそれらのステロイドの変換反応は速い反応であると考えられます。

 現在、この手法は、生合成経路全貌解明に向けて、 前胸腺 へのステロール類の取り込みの解析、 前胸腺 における未知の生合成中間体ステロイドの探索、生合成酵素のステロイド変換活性の測定など、幅広い実験に活用されています。

[1] Igarashi et al.Anal. Biochem.419, 123–132 (2011). 別のウインドウで開きます
[2] Hikiba et al.J. Chromatogr. B915–916, 52–56 (2013). 別のウインドウで開きます

Theme2.エクジソン生合成を制御するシグナルの解明

 哺乳類のステロイドホルモンの合成・分泌は、視床下部-下垂体系を中心とするフィードバック機構によって制御されています。昆虫においても、エクジソンの生合成は、体内外の環境情報をもとに脳神経系で合成される複数のペプチドホルモンによってさらに調節されています。私たちは、 前胸腺刺激ホルモン 、前胸腺抑制ペプチド、ミオサプレッシン、FMRF-アミド関連ペプチド、PDFなどの脳神経系のペプチドホルモン群によって、エクジソン生合成が巧妙に調節されていることを明らかにしてきました。

Theme3.休眠の分子機構

 昆虫は冬のような生育に不適な時期を乗り切るために「休眠」というシステムを獲得しました。冬に見られる休眠は、低温による受動的な生育停止ではなく、日長変化などの環境要因から冬の到来を予期して、あらかじめ成長を停止させるようなプログラムを発動させる能動的な適応戦略です。この休眠も脱皮・変態と同じくエクジソンによってコントロールされています。さらに、休眠も脳神経系のペプチドホルモン群による調節を受けています。また、卵での休眠にはエクジソンがリン酸化されて不活性化することで誘導されることが知られています。しかしながら、環境情報がどのように認識され、どのようにエクジソンの分泌抑制や不活性化につながるのか、についてはよくわかっていません。また、休眠から覚醒する際に必要なシグナルも同様に未解明です。昆虫が環境情報をどのように感知し、どのように内分泌シグナルに反映させて発生のタイミングを制御しているのかといった問題に取り組んでいます。

参考文献
doi: 10.1016/j.ibmb.2020.103491
doi: 10.1111/imb.12291
doi: 10.1038/srep41651
doi: 10.1371/journal.pone.0146619
doi: 10.1371/journal.pone.0060824

エクジソン関連ステロイド分析に用いているLC-MS/MS装置
エクジソン関連ステロイドの分析に用いているLC-MS/MS装置
ミオサプレッシン産生細胞(グリーン)の免疫組織化学:PNASの表紙を飾った。
FMRF-アミド関連ペプチド産生細胞(グリーン)の免疫組織化学:PNASの表紙を飾った。
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