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恩師(鈴木昭憲先生)

 これまでの記事でも何度か登場してもらっている東大の恩師、鈴木昭憲先生を今回は紹介したい。私の卒業論文から博士論文までの指導教官であり、研究室の助手として雇用してもらい研究者としての道を拓いてもらった恩師であり、恩人である。その鈴木先生とのエピソードを紹介する。

 大学院進学が決まって、前胸腺刺激ホルモン(PTTH)研究に従事するにあたり、鈴木先生から「私に嘘をついてもよいが、世の中に嘘をついてはいけないよ」と言われたことを今でもよく覚えている。私は「先生は何を言っているんだ? 私のやることを信用できないと言いたいのか」と反論したかった。ただ、そのうちにPTTHの精製という研究があまりにも大変で、私が従事している間に成功する可能性は低いことが分かってきた。「前胸腺刺激ホルモン(PTTH)(2)、(3)、(4)」で紹介したように、高速液体クロマトグラフィーやプロテインシーケンサーといった機器の開発がなければ、いくら私が頑張っても部分配列さえ解明できなかったと思う。つまり、「そんな困難な現実から逃避して、適当なアミノ酸配列を捏造するようなことをするなよ。うまくいかなければうまくいかなかったことを示せば良い。」「君が出した情報を元にして、世界中の多くの研究者が研究を展開するのだよ。」と言いたかったのだと今は思っている。昨今の論文の捏造や盗用の話を聞くと、こんなわかりきっていることも学生にはきちんと言葉に出して戒めておく必要があると思う。

鈴木先生(右)と筆者(左)(1999年5月)
鈴木先生(右)と筆者(左)(1999年5月)

 また、鈴木先生は東大農学部長や副学長といった学内の要職や、文科省の学術審議委員など学外の要職も数多く歴任された先生である。その先生に「役職に就いた時、雑務を押しつけられたと考えたら辛いだけだ。役職を楽しむことが大切である」と言われた。また、「その役職をやっている間に自分のやりたい目標を決めて努めれば楽しむこともできる。そうしないとただの時間の無駄使いになる」と言われたことがある。
 当時は何を言われようとしているのか分からなかったが、助教授、教授と身分が上がり、いろいろな役職を任されるようになるとその意味が分かってきた。私は新領域創成科学研究科生命科学研究系の系長を2度経験したが、一度目は「本郷キャンパスから柏キャンパスへの研究系の研究室の引越しと教務関係の規則制定」を、二度目は「建物の空調機更新と専攻再編」を目標に時間とエネルギーを使った。そのために研究室を留守にすることも多く、学生の指導が十分できないこともあったと思うが、大学の教員としてひとつの大切な役目を果たせたと自負している。今も後進の先生はその恩恵を受けているはずである。

学士院賞授賞式・鈴木先生(左)と石崎先生(右)(1992年6月)
学士院賞授賞式・鈴木先生(左)と石崎先生(右)(1992年6月)
2005年頃の鈴木先生(手稲山口バッタ塚)
2005年頃の鈴木先生(手稲山口バッタ塚)

 ある役職に就いた先生に「自分がやりたいことを目標に、楽しんだら良い」とアドバイスしたことがあるが、「研究に集中したいので、楽しめない」と一蹴された。時間に余裕がないのだろうが、ならば役職を引き受けてはいけないとも思った。また、役職に就くと自分の一存で何でも決められる権限を持ったと勘違いする人がいる。役職はその組織の代表者であって独裁者になったわけではない。

 その場限りの「権力」ではなく、公平でモラルのある実績を積むことで、その人の人格を誰もが認める「権威」を手にするようになってほしい。鈴木先生も同じような考えだったのだろうと思う。

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記事の執筆者と略歴

この記事の執筆者

片岡宏誌のホームページ 片岡 宏誌 農学博士
                                               
1981年 東京大学 農学部 農芸化学科 卒業
1983年東京大学 大学院農学系研究科 農芸化学専攻 修士課程 修了
1986年東京大学 大学院農学系研究科 農芸化学専攻 博士課程 修了(農学博士)
1986年 Sandoz Crop Protection 社 Zoecon Research Institute(アメリカ・カリフォルニア州)ポストドクトラルフェロー
1988年 日本学術振興会 特別研究員(東京大学)
1988年 東京大学 農学部 助手
1994年 東京大学 農学部 助教授
1999年 東京大学 大学院新領域創成科学研究科 教授
2024年 東京大学 定年退職
2024年 東京大学 名誉教授

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