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山陽新聞に日本農学賞の受賞記事が掲載されて

 2024年5月11日に、地元の山陽新聞に「倉敷出身 片岡さんに日本農学賞 元東大教授、昆虫の成育 謎に迫る」の記事が掲載された。早朝7時に、内田君から小学校の同級生LINEで記事の写メが届いた。4月5日の授賞式当日に取材を受け、連休明けに掲載予定と聞いていたが、どんな記事になるのか知らなかった。

 山陽新聞という地方紙がどれほど地元で広報力があるかよく分かった。確かに自分が住んでいた頃も家では山陽新聞を購読していたし、朝日、読売、毎日などの一般紙を読んだことがなかった。内田君のLINEを見た小学校の同級生だけではなく、中学校や高校の同級生からも「お祝いメッセージ」が当日多数舞い込んだ。その後も散発的に届いている。

内田君が送ってくれた山陽新聞の記事(2024年5月11日)
山陽新聞の記事(2024年5月11日)

 山陽新聞の記事のデジタル版(https://www.sanyonews.jp/article/1551253)を引用しておくが、私という人物紹介に主眼が置かれていた。新聞紙面を飾るのは初めてではないが、これまでは研究成果が中心で、人物紹介という感じではなかった。記事の内容がとてもうれしく、受賞の喜びを再度かみしめた。実は、3月31日付の読売新聞に「第61回読売農学賞受賞者」として紹介記事が掲載されたのだが、誰からも何の連絡もなかった。世の中、新聞離れなのだと思っていた。

 新聞に載る(賞を受賞する?)と良い人になるようで、中学校の同級生が「おめでとうございま~す!真備中の時、あまり話したことなかったけど、片岡君は、いつもニコニコしてて穏やかな人で、賢くて、なおかつ謙虚な感じだったこと、覚えてます!ホント、凄いなぁ~!尊敬します!」などと持ち上げてくれた。私の中学時代は「勉強はできるが、お高くとまっていて人付き合いの悪い人間だった。スポーツも得意で、とにかく目立ちたがり屋で鼻持ちならない奴と思っていた同級生が大勢いたはずだ」と自己分析している。
 ただ記事にある 自他共に認める昆虫少年だった。小学生の頃は、虫捕り網を手に、毎日のようにチョウを追いかけた。「今になって思えば、あの頃が研究者としての第一歩だったのかもしれない」や、受賞の原点は、故郷の同市真備町地区で虫を追いかけた少年時代にある。は事実だし、「失敗や遠回りもいつかは自分の財産になる。研究者はタイパ(タイムパフォーマンス)なんて言っちゃいけない」。降壇後、笑顔で後進にエールを送った。はいつも考えていることだし、学生達にも日頃から話していた。


 新聞掲載日は八王子にウスバシロチョウを見に行った日で、みんなからのLINEを受け取りながら、山陽新聞の記事の記念にウスバシロチョウを数匹持ち帰って展翅標本にすることにした。ただ、後遺症で手の動きに問題があるので、展翅は二男に頼んだ。

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記事の執筆者と略歴

この記事の執筆者

片岡宏誌のホームページ 片岡 宏誌 農学博士
                                               
1981年 東京大学 農学部 農芸化学科 卒業
1983年東京大学 大学院農学系研究科 農芸化学専攻 修士課程 修了
1986年東京大学 大学院農学系研究科 農芸化学専攻 博士課程 修了(農学博士)
1986年 Sandoz Crop Protection 社 Zoecon Research Institute(アメリカ・カリフォルニア州)ポストドクトラルフェロー
1988年 日本学術振興会 特別研究員(東京大学)
1988年 東京大学 農学部 助手
1994年 東京大学 農学部 助教授
1999年 東京大学 大学院新領域創成科学研究科 教授
2024年 東京大学 定年退職
2024年 東京大学 名誉教授

コメント一覧 (2件)

  • 自己分析がよくできてて面白い、自分も同じだからか。片岡の思いがよく伝わりよかった。

  • 徹ちゃん:
    コメントありがとう。
    私の高校時代も中学時代と同じだったのですね。
    高校時代はさらに睡魔と戦っていたので、もっと態度が悪かったかもしれません。
    そんな生活を3年で抜け出せて良かったです。

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