「ボンビキシンの発見」に引き続いて、その後の研究について裏話を紹介したい。
ボンビキシン単離後、その生物活性を様々な方法で調べると、エリサンに対しては確かにPTTHとして機能するのである。ボンビキシンは、エリサン前胸腺からのエクジソン分泌を直接促進するし、ボンビキシン注射後のエリサン除脳蛹の成虫化はエクジステロイド濃度の上昇を介しているのである(図1)。この実験は私自身が修士1年の時に行ったものである。
では、「エリサンのPTTHはどんな物質なのか? エリサンにもボンビキシンのようなインスリンペプチドが存在していて、それがPTTHとして機能しているのか?」という疑問が湧く。しかし、それに答えるためにはかなりの実験を必要とする。また、その研究成果は「PTTHを世界で初めて単離した」とか、「昆虫にインスリンが存在した」とか、に比べると地味で注目度が低い。しかし、後世のためにもこの疑問にきちんと答えておくべきだと考え、共同研究体制を組んで長い間この問題に取り組んできた。結果は「エリサンにはカイコPTTHと同様のホモダイマー型ペプチドが存在し(図2)、エリサン除脳蛹に対してボンビキシンの10倍のPTTH活性を示す(図3)。また、エリサンにもボンビキシン様ペプチドが複数存在するが、そのPTTH活性はカイコボンビキシンの1/20~1/100程度である(図3および参考2)」ということであった。つまり、「エリサンのPTTHはボンビキシン様ペプチドではなく、カイコPTTH様ペプチドである」と結論できた。
ここまでやって、初めてボンビキシンという物質の生物学的意義「エリサンのPTTHではない」を明確に説明できたことになる。このような研究にも研究費を支援してもらいたいところであるが、トピックス性が低く、高い評価はもらえない。研究成果をきちんとした形で残し、後世に引き継ぐためには重要で必要な研究なのだが、研究費の支援は厳しい。
一方で、カイコではボンビキシンはどんな機能があるのだろう? ボンビキシンの血液中濃度が測定できるようになり、図4のような結果が得られた。蛹期に血液中濃度が急上昇するのである。蛹期は幼虫組織を分解し、成虫組織の細胞を分化・増殖させる時期である。また、哺乳類ではインスリンは細胞増殖因子としても機能することが知られていた。そこで、ボンビキシンはカイコ培養細胞に対して増殖促進活性があるのではないかと考えて、培養液に加えてその影響を見た。その結果、(意に反して)BM-N4細胞に対し増殖を止めて肥大化させ、凝集させる活性があることが見つかった(図5)。つまり、細胞の分化や増殖(停止)を誘導している可能性が考えられた。また、この細胞にはインスリン受容体とよく似たボンビキシン受容体が存在していることも明らかになった(図5)。近年、ボンビキシンには一本鎖型のインスリン様成長因子(IGF)タイプのペプチド(IGFLP)が存在し、蛹期にはこのIGFLPの濃度が急上昇している(ほぼ全てである)ことが分かった。
「ボンビキシンの発見とその後」を紹介させてもらった。私自身、こんな歴史があったのだと(昔を思いだしながら)振り返らさせてもらえた。ボンビキシンにたくさんの歴史があったことを少しでも伝えられていれば幸いである。