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アラタ体抑制ホルモン、アラトスタチン(allatostatin、AS)

 アラトトロピン(AT)の同定は、幼若ホルモンの生合成を調節する最初のペプチドホルモンの発見ということで、昆虫内分泌学ではかなりセンセーショナルな話題になった。たぶん私の名前がこの業界で一気に有名になった瞬間だと思う。しかし、生物活性を調べていくと、鱗翅目昆虫メス成虫のアラタ体のJH生合成を促進するが、幼虫期や蛹期のアラタ体のJH生合成には影響がないことが明らかとなった。メス成虫では卵巣成熟にJHが必要で、そのためのATだと考えられる。では、幼虫期はどのようにJH生合成が調節されているのだろうか? 幼虫期のアラタ体のJH合成を抑制するアラトスタチン(AS)活性が頭部抽出物中に認められた。このことからASが幼虫期のJH合成を調節していることが予想された。

 タバコスズメガASの精製も精力的に進めたが、なかなか単離に至らなかった。主な原因は頭部抽出物中のAS含量が低いことが挙げられる。やっとの思いで単離できたのは2年間の留学を終えて帰国する二週間前だった。配列分析を行ったが、配列を見いだすことができず、N末端アミノ酸がブロックされていると予想した。残念ながら構造決定のためのタイムリミットを越えていたが、部分配列を明らかにできないかとひとつだけ実験をやった。「配列分析装置上に残っているASを塩酸処理することで、ペプチド結合を部分的に切断し、その後にそのまま配列分析(エドマン分解)することで、うまくすると部分配列が見えるのではないか」と考えた。結果は、残念ながら最初のサイクルで様々なアミノ酸が検出されるだけで、部分配列を見いだすことはできなかった。ただ、この実験は配列分析装置にペプチドが存在していることを示しており、それでも配列が見いだされなかったことから、ASはN末端がブロックされたペプチドであることを強く示唆している。なお、後任の人達によって後日、ASは図のような構造であることが明らかになった(参考)。予想通り、ピログルタミン酸でN末端がブロックされていた。

 ATとASの精製で学んだのは、新規ペプチドホルモンの単離を目指す時にどのような予備実験を行っておくべきかということと、自分は日本で研究した方が良いということであった。

 Zoeconでは、ゴキブリ頭部からATとASの精製が進められていた。この精製を担当していたクリスという女性は、弱者に対しては優しくて助けてくれるが、自分の敵(ライバル)になりそうになると徹底的に押さえつけようとする、自己主張が強い典型的なアメリカ人女性(そうでない女性もいたが、彼女と同じようなアメリカ人女性が多かった)であった。留学当初、英語がほとんどしゃべれず、実験器具や機器の使い方も分からないで右往左往していた時は本当に優しく手を差し伸べてくれた。ところが、EHとDHを次々に構造決定したあたりから「you are lucky」と幸運だけで結果を出していると、嫌みを言われライバル視されるようになった。そんな時に、自分が担当していたATとASプロジェクトに横から割り込んできたうえに、ATをあっという間に単離構造決定したものだからさらに敵視されるようになった。

 彼女も私もASの生物検定は同じテクニシャン(研究員)にお願いしていた。ある時、生物検定に用いるタバコスズメガ幼虫の数が十分でなく、私と彼女のサンプルを全て検定することができない事態が生じた。クリスは早くに帰宅していたので検定に使用できる幼虫の数を聞き、彼女のサンプルをできるだけたくさん、私のサンプルは必要最小限(彼女の1/3以下)検定してくれるよう(既に帰宅していた)テクニシャンに伝言メモを残して帰宅した。翌日クリスは自分のサンプルが全て検定できないことを知り、烈火のごとく怒って「私の身勝手な行動」を猛烈に非難してきた。私も反論しようとしたが、こちらも怒りがしだいにこみ上げてきて英語にならなかった。翌日になったら今度は私の方の怒りが治まらず、我々二人のボスであるSchooleyに抗議しようとしたのだが、感情的になるとただでさえ下手な英語がうまくしゃべれず、一生懸命和英辞典片手に怒りを伝えようとすると、冷静になって怒りが治まっていくのを感じた。

 感情(特に怒り)を表現するには日本語に限ると強く感じると同時に、感情をきちんと表に出して生活したいと思った。また、焼き魚定食を無性に食べたくなった。そのために2年間でアメリカを離れる決心がついた。こんな事件がなければ、私はしばらくアメリカで研究していたように思う。

アラトスタチンの構造
アラトスタチンの構造
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記事の執筆者と略歴

この記事の執筆者

片岡宏誌のホームページ 片岡 宏誌 農学博士
                                               
1981年 東京大学 農学部 農芸化学科 卒業
1983年東京大学 大学院農学系研究科 農芸化学専攻 修士課程 修了
1986年東京大学 大学院農学系研究科 農芸化学専攻 博士課程 修了(農学博士)
1986年 Sandoz Crop Protection 社 Zoecon Research Institute(アメリカ・カリフォルニア州)ポストドクトラルフェロー
1988年 日本学術振興会 特別研究員(東京大学)
1988年 東京大学 農学部 助手
1994年 東京大学 農学部 助教授
1999年 東京大学 大学院新領域創成科学研究科 教授
2024年 東京大学 定年退職

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