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ひとりの東大教員の思い出と経験「研究費-2」

 私は35年間の教員生活で約9億円の研究費を研究代表者として稼いだ(「稼いだ」という表現は問題があるが)。全てを自分の研究に使ったわけではなく複数の研究分担者に配分したが、平均すると年間2,000万円くらいの研究費を自分の研究グループで使ったように思う。退職時にシュレッダー処理した書類の多くが研究費の申請書だった。不採択であったものや提出しなかったものもたくさんあったが、少しだけ読むとどんな申請内容だったか思い出し、懐かしくも気恥ずかしさを感じた。20年経っても直ぐに思い出すくらい大変なエネルギーを使って書いていたのだと思った。研究費を全く獲得できなかった年が何度かあり、それが続くと「どうしたら採択されるのだろうか」と鬱々として過ごしたこともある。「申請書作成に力を入れるより、学生の研究指導に時間を割いて欲しい」と言った学生から、次の年に「研究費がないから買いたい試薬が買えない」と不満をこぼされたこともある。
 学生が行う実験のための経費は、通常経費の「運営費交付金」でまかなっていると思われているが、実は教員が稼いだ「科研費」をはじめとする競争的資金が主たる財源である。研究費が十分でないと、学生に効率が良い実験を求めるようになる。確実に実験結果を出すこと、さらに一度の実験で結論を出すことを求めるようになる。学生もその効率がよい実験のやり方が研究だと学ぶ。私は、研究はいくつかの実験(時には別の可能性を否定をするための実験)の結果を総合して、初めて真実に近づくと考えている。ひとつの実験結果だけで結論を出そうとすると、それ自体は事実かもしれないが、真実とはかけ離れた結論に導かれることがある。また、学生は実験に慣れておらず操作ミスなどがあるため、大事なポイントの実験は何度か行って再現性を確かめさせる必要がある。学生をきちんとした研究者に育てようとすると、丁寧に実験を進めることや繰り返すことの大切さを教える必要があり、とにかくお金がかかる。同じ成果を得るなら、研究費で雇用した博士研究員に、研究目的に沿った実験を行ってもらう方が効率的で経済的だと思う。
 ある先生が学生に「君がやっている研究テーマの研究費は使い切ったからこれ以上実験を続けることが出来なくなった。別のテーマの研究費はあるので、テーマを変えてほしい」と言ったそうだ。研究費は研究目的に沿って使用するべきで、別の研究課題の研究に流用することは問題になる。一方で、学生はそれまでの実験結果を生かし、さらに実験を行って学位論文を仕上げたいと考える。どうするべきか正解はなく、それぞれに応じた工夫をする必要がある。

 20年くらい前から科研費や大型予算には間接経費と呼ばれる事務経費等に使うことができる経費がプラスされて交付されるようになった。実験などに使う直接経費に加えて、現在は直接経費の30%に当たる間接経費が配分される。この間接経費から大学、研究科、専攻が、事務経費とか施設利用料の名目で、ほとんど天引きする。そのため、研究者が使える間接経費は微々たるものになる。裏を返せば、大型研究費を獲得する教員を雇うと、その人の給与に相当するくらいの高額の間接経費が大学や専攻に入ることを意味している。人事選考で研究費の獲得状況が重視される理由はそのためでもある。独り言を言わせてもらえれば、大学は、研究費の獲得額に応じてボーナスを加算しても良いのではと思ったことがある。

 この勢いで裏話を書くと何か問題になるような気がするので、一旦やめておく。大型研究費を獲得したつらさや、どんな申請書が評価されるのかなど後進の研究者や教員に伝えたいこともある。そのうち「研究費-3」で紹介できればと今は思っている。

ひとりの東大教員の思い出と経験「研究費-2」
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記事の執筆者と略歴

この記事の執筆者

片岡宏誌のホームページ 片岡 宏誌                 東京大学名誉教授(農学博士)                
                                               
1981年 東京大学 農学部 農芸化学科 卒業
1983年東京大学 大学院農学系研究科 農芸化学専攻 修士課程 修了
1986年東京大学 大学院農学系研究科 農芸化学専攻 博士課程 修了(農学博士)
1986年 Sandoz Crop Protection 社 Zoecon Research Institute(アメリカ・カリフォルニア州)ポストドクトラルフェロー
1988年 日本学術振興会 特別研究員(東京大学)
1988年 東京大学 農学部 助手
1994年 東京大学 農学部 助教授
1999年 東京大学 大学院新領域創成科学研究科 教授
2024年 東京大学 定年退職
2024年 東京大学 名誉教授

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