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再生の道公認候補予定者シリーズ「郷里」

 私の郷里は岡山県吉備郡真備町(現在の倉敷市)です。私は18才までしか過ごしませんでしたが、愛着を持っています。特に2018年の西日本豪雨で町の1/3が浸水被害にあって実家をなくしてから、さらに強く郷土愛を感じるようになりました。郷里の仲間と「まび蝶復活プロジェクト2070」を昨年10月から始めました。なぜだろうかと考えた時、郷里の人が愛情をもって私を見守り、育ててくれたためだということに気づきました。

 私は、今の季節は夕刻に飛び交うミドリシジミ類をほぼ毎日採集に出かけていた。山道に入る途中に自転車を置き、採集後の日暮れ前に自転車に乗って帰宅していた。子供達が小学生の頃にその場所を訪れた時、自転車を置いていた近くのおばさんに「自転車が夜なくなっているのを見て、ちゃんと家に帰ったのだと安心したんだよ」と言われて驚いた。子供の私には気づかなかったが、近所の人が私という子供の安全を見守り、地域として育ててくれていたのだと気づいた。それを感じるから郷土愛を強くもつのだと思った。

 振り返って、自分の子供達は足立区綾瀬という地域に郷土愛を感じているのだろうかと思った。私は「イエス」だと思っている。自宅近くには東綾瀬公園が、自転車で少し行くと荒川があり、小学生の頃は蝶採集や、ハゼやテナガエビ釣りを楽しんでいた。さらに、妻が長期入院した時に、近所の方々が惣菜をもってきてくれることが度々あった。外食するか、ご飯と市販の惣菜しか食べさせてやるしかなくてかわいそうだと思っていたので、本当に有り難かった。子供達から「小学校の給食と頂いた惣菜で栄養を摂ることができたので、何とか体重をキープできたと思う」と最近聞いた。

 彼らは小学生の頃、夏休みに私の郷里で過ごすことが多かった。母が亡くなってからは山の途中にある墓へ昆虫採集をしながら出かけていた。田舎の子供さえ日中に出歩くことがなくなっていて、彼らが私と同じように虫網をもって歩く姿を見て、近所のおばさん達は目を細めていた。彼らのことを覚えてくれ、危険がないように見守ってくれていると思い、彼らだけで外出させることができた。

 彼らはどこを郷里と思っているのだろう? たぶん綾瀬と真備の両方を郷里だと思っていると感じている。山道の途中にある父母の墓を年配者の我々世代が参りやすい場所へ移転しようとした時に、彼らは「数年に一回くらいは墓参りしようと思うが、移転したら行かないと思う」と言われた。墓のある場所に愛着を持っていてくれているようでちょっとうれしかった。同じような思いを綾瀬にも もっているように感じている。

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記事の執筆者と略歴

この記事の執筆者

片岡宏誌のホームページ 片岡 宏誌                 東京大学名誉教授(農学博士)                
                                               
1981年 東京大学 農学部 農芸化学科 卒業
1983年東京大学 大学院農学系研究科 農芸化学専攻 修士課程 修了
1986年東京大学 大学院農学系研究科 農芸化学専攻 博士課程 修了(農学博士)
1986年 Sandoz Crop Protection 社 Zoecon Research Institute(アメリカ・カリフォルニア州)ポストドクトラルフェロー
1988年 日本学術振興会 特別研究員(東京大学)
1988年 東京大学 農学部 助手
1994年 東京大学 農学部 助教授
1999年 東京大学 大学院新領域創成科学研究科 教授
2024年 東京大学 定年退職
2024年 東京大学 名誉教授

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