自分の入試監督や学部受験の経験について3回に分けて紹介したが、最も書きたい出題や採点に関しては守秘義務に抵触する可能性がある。そこで、具体的な話は避けて、一般的な話題にして数回に分けて紹介する。少しでも参考になれば幸いである。
大学院入試は、普段から見ている大学院生を想定して、基礎知識として知っておいてもらいたい内容を出題するので比較的簡単に問題案を思いつく。ところが、高校の教育課程に関する知識はほとんどないので、学部入試の出題には苦労する。ところが、赤本を始め数多くの解説書で容赦のない批評を受けることになる。そのため少しでも評価を得られるような問題にしたいと思い、かなり苦労して問題を考えることになる。ある年配の先生が「学部入試問題は予備校の先生に作ってもらった方が、良問ができるだろう」と言われたことがある。私もそう思う。出題者は受験生の時の感覚を完全になくしているので、教科書、参考書、問題集を何冊も読みこんでから問題を考えるのだが、なかなかうまくいかない。採点していて初めて「受験生はこんな風に考えて答えるのだ」と気づき、かつての受験生だった頃の感覚を思い出すことになる。
毎年出題ミスが起きるが、その原因は出題委員会で検討する過程で起きているのではないかと思っている。出題者が最初に考えた問題文は、細部まで注意を払って一貫した考えで作成されている。ところが、出題委員会で検討する過程で、ほぼ必ず「難しすぎる」と指摘され問題文に修正が加えられる。検討の回数が多くなると、出題者の意図とは全く違う形の問題になることもある。また、何度も問題文を読んでいると、文章をきちんと読まなくても、図・表の細部まで見なくても理解できるようになるため、思わぬ記述ミスが生じる。かくして、試験時間中に受験生の指摘によって気づき、問題訂正を行うことになる。さらに、試験時間終了後になって指摘されると、出題ミスがあったと報道され、非難されることになる。
出題ミスが起きると、その問題を採点から除くが、選択問題であった場合はどうするのだろうか? ミスのない問題を選択した受験生の得点と比べられなくなるはずなのだが。「出題ミスによって合否判定に影響はなかった」と発表されるが、本当にそうなのだろうか? そのような出題ミスによる採点の問題を防ぐ意味もあるが、私は(大学院の)入試では専門的な選択問題は避けて、全て一般的な必須問題にした方が良いと思っている。その理由は、専門的な内容は(大学院に)入学してからも学べるので、(最後の)受験勉強では広い関連分野の知識をできるだけ身につけておくことが大切だと考えているためである。そういう経験と知識が入学後の伸びしろを大きくする気がする。
もう一つ不思議に思うことは、入試試験問題は「正解はひとつだけ」にしないといけないという不問律があることだ。私が作る問題は時々正解が複数になるのだが、出題委員会ではどうしても許してもらえず、正解がひとつになるように必ず設問を修正された。普段の実験結果の解釈では可能性をできるだけ多く想定して、次はその中からひとつの真実に近づくための実験を計画することが重要である。人生も、ひとつだけではなく、いくつも素晴らしい生き方があると思うが、その場その場の判断では、正解はひとつしかないのだろうか? などと、入試問題とは関係ない屁理屈を考えてしまう自分がいる。